10と11の間

雑記です

自炊経験値ゼロのオタクがカキフライに挑戦してみた

名古屋に越してきて8ヶ月経った。

春から夏になり、秋になり、そして冬になった。

11月も終わりに差し掛かったある日、私は愛知・静岡に約100店を展開するスーパー「フィール」を巡るため、名古屋市北区にあるフィール志賀公園店に行った。

時刻は午後3時、昼食というには少し遅い時間だったが、何か惣菜でも見繕おうかと思い店に入った。

スーパーは構造的に入口を入るとまず野菜売り場、次に練り物、鮮魚、精肉、そして惣菜、飲み物があり、この順に辿ると一周してレジの前にいく場合が多い。基本私はすぐ食べられるものしか買わないが、地域性を見るために野菜売り場と魚売り場は一応チェックすることにしている。

いつものように野菜売り場から鮮魚売り場に差し掛かると、期限間近で2割引になっている牡蠣がいた。

そして思った

カキフライが食べたい

広島に住んでいた時は1ヶ月に一度以上は必ず食べていたカキフライ、大学に進学してからは一冬に一度食べるかどうかというレベルになっていた。食べるにしたって生協食堂でミールカード*1で食べるか(そもそも北大生協で4年間在籍して2回くらいしか見なかったけれど)スーパーで半額になった時間を狙って買っていた。

しかし北海道にいた時と違い、今はお金も時間も少しだけ余裕がある。ならば将来食堂パス*2が使えなくなった時のために自炊の練習も兼ねてちょっとやってみるかという考えに至った。

 

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というわけでフィール志賀公園店にて必要なものを購入。

買ったものは

牡蠣(10個入) 2割引で318円

卵(Lサイズ4個入)88円

パン粉(160g)98円

ごま油(130g)198円

 

普段なまものを買わない理由はもう一つあって、家までの所要時間が長いこと。しかしここなら名古屋市内だし名城線の駅からバス1本なので所要時間は知れている。なら常温で1時間程度輸送しても問題ないだろうということで牡蠣を持ってうちに帰った。

 

翌日

 

さあ料理をはじめよう

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自炊しない人の特徴その1:キッチンが汚い

だいたいワンルームマンションのキッチンは廊下にあるのでゴミ箱が向かいに置かれ、その上に棚がある部屋が多いと思うが、そのうちゴミ箱の上の棚が溢れてキッチンを侵食している人が多い気がする。我が家も例外ではない。ちなみにシンクは(お察しください)

ただまあ、うちはまだ綺麗な方な気がする。

 

ではここでカキフライのレシピを見てみよう。

今回参考にしたレシピはこちら。

oceans-nadia.com

片栗粉と清酒は.....ないからいいか

さて作ろう。まずは牡蠣を洗うところから

レシピ

塩 30g、水 1,000cc混ぜ合わせ塩水を作り、カキを洗います。

量るもの、うちになくね?

大さじ、小さじなんてものはうちにはないから普通のスプーンを使うしかないけど、普通のスプーンって塩何gに相当するのか?

昔化学科の学生実験の時に「料理は化学」という話題が出て「料理が化学だったら、レシピ本が「塩スパチュラ*31杯」とか書かれるんじゃね?」なんて言ってウケた記憶はあるが、本当にその表記方法であってほしいと願う日が来るとは思わなかった。ただ実験室で見た薬さじだとだいたい1杯5gくらいだから、15gなら3杯、30gなら6杯だろうという勘で進めた。

次は水である。普通は計量カップを使うんだろうけどうちにそんなものはない。どうやって計ろうかと思っていると、誕生日にオタクがくれたプレゼントを思い出した。

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計量カップがなければビーカーを使えばいいじゃない

twitter.com

本日お誕生日だそうです。おめでとうございます。

ということで宅テロオタクの紹介でした。

 

さて、ようやく牡蠣のご登場です。

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これを500mLの3%(?)塩水で洗っていきます。まあ浸透圧で牡蠣から水が抜けなければいいから海水より濃ければなんぼでもええじゃろう

次は塩と....

まって

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塩固まってていくら振っても出てこない

しょうがないんで爪楊枝で2分くらいぐりぐりしてました。たまには調味料を使うことも大事だね

自炊しない人の特徴その2:調味料があってもすぐに使えない

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牡蠣洗いました。

卵 1玉、小麦粉 大さじ1.5をよく混ぜ、バッター液を作ります。

だからうちに大さじないっちゅうねん

まあいいや、手持ちのスプーンで1.5杯、意外と小麦粉の量少ないのね

 

待てよ...どうやってかき混ぜよう・・・?

しゃあないので、これを

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こうして

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こうじゃ!

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これめちゃめちゃ手汚れますね....

まあ無事にパン粉をまぶし終えました

さて油を投入....

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あれ?全部入れたのに浅い

これ揚げ物っていうか炒め物の油量やん

それもそのはず、鍋の直径が18cm、買った油が130gということは、

鍋底の面積は約250cm2、油の密度が0.7g/cm3とすると

深さ7mm

使い切りとか考えずにもっとでかいパックを買わないといけなかったな

 

さあ油を温めて180℃くらいになったら牡蠣を投入っと...

あれ?

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換気扇入れ忘れた!!

火災報知器が鳴らないかビクビクしつつ玄関含む部屋中の窓という窓を全部開け、なんとか事なきを得た。

てか、油蒸発しちゃってほとんど残ってへんやんけ!!!

どうしようか...

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俺の答えはこれや!!

レシピ

揚げ油を170度前後に熱し温度が下がらないように鍋の1/3量程度ずつ入れます。温度を180度まで上げながら2分半〜3分揚げ、きつね色になったら取り出します。

 

まって、180℃の油ってどうやって温度確認すんの。水銀温度計は当然うちにはないし、コンビニのフライヤーみたいに温度が表示されるわけでもなく...勘か

 

しかも煙モクモクしてるから揚げられる時間は1分程度。これ絶対加熱不十分やろ...

まあいいや、腹壊さなければセーフ

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なんかできた。

 

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ところでこれどうしよう

自炊しない人の特徴その3:中途半端に残った食材の使い道が思いつかない

 

後半へ続く

*1:北海道大学の生協食堂で使える学食専用定期券。1日あたりの限度額は2017年以降1200円

*2:名古屋大学の生協食堂で使える学食専用定期券。1日あたりの限度額は1100円

*3:ごく少量の固体薬品をとる時に使用する実験器具。要は細長いスプーン

読んでみてください

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備後八幡お南清水沢おアおってえぬくりあヒンあん、南清水沢おぬくりおじ分子度おう備後八幡ヒンう備後八幡お南清水沢いにキックボヨヨ備後八幡お二量ったおbuoyantsではいアあ分子度お備後八幡ヒンう南清水沢あいぬくりあヒンう南清水沢あ?

休日の過ごし方、覚えてますか?

こんにちは

乗車率です。

卒業研究の発表まであと3日です。準備?忘れました

さて、自称金欠オタクの自分は昨年7月から12月まで約半年、コンビニで夜勤をやっていました。

その時の1週間のスケジュールをとりあえず貼っときます

俺よく生きてたな

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こんな生活は1ヶ月しか続きませんでしたが、とりあえずお金はなんとかなりました。

さて、夜勤を辞めたあとはこうなりました。昼間に寝てたぶん実験が遅れてるのでしょうがありません(本当は昼間に寝るのもNGなんですけどね)

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コープさっぽろ巡りも駅巡りも終わってしまい、余興のつもりで始めたジェイアール生鮮市場巡りも今日時点で残り2店舗となってしまった北海道での消化試合では、休みなど存在しないしそもそも必要なかったのです。

しかし、2月9日には生協のバイトが入らず、2月11日、バイトのシフトを入れ忘れました。

しかし、翌日に卒論発表スライドの最終版を提出するにあたり、実験は必要なものの研究室に張り付く必要はありません。

一方、( ´・ヮ・`)さんが札幌にきており、kq826fと一緒に行動していました。

2月9日、分水界調査のために川端と南千歳に行ってから緑色のコンビニにレジを打ちにいきました。

1日挟んで2月11日、この日の予定は13時から部屋の暖房を修理する、これだけです。

とりあえず午前中、前日仕込んだ反応を止めてNMRを見ました。そして次の反応を仕込んで家に帰りました。

暖房修理が20分で終わったので、岩見沢の生鮮市場に買い物に行きました。岩見沢は土曜日の実験終了後(18時)閉店(19時)までに行くことはほぼ不可能だと判断したため、どこかの休日に行っておく必要がありました。

片道1時間バスに揺られ、岩見沢のジェイアール生鮮市場で遅い昼飯を買い、戻って反応を止めるとうまく行っていませんでした。

実験の継続は諦め、スマホを見るとLINEの通知が

kq826f「18:10のはこだて号ですか」

することなくなったし見送りに行くか〜となったので札幌駅前バスターミナルに行きました。

 バスを見送ったオタクが一言

「ココス行きません?」

アイマスPじゃないんですがクリアファイルガチャに参加させられました

 なお相方は一発で亜利沙を引いたのでそれでご満悦でした。

 僕ですか?
72さんでした。まあアニマス20話は好きなのでヨシ!!

これは今年の1月2日に撮った写真です。

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さてマッドパイとかいうどう考えてもカップル向けのメニューをオタク2名でつつきました。なんだこれ

 食べ終わったらまたバスに乗って札幌駅へ

札幌駅でkq826fと別れました。ここで帰ってもよかったのですが、まだ20時半、ただ家に帰るのは何か違う気がする。

そういえばまだコープさっぽろ本の入稿してなかったなあ

よし、店内の様子撮りに行くか

 

幸い(?)札幌駅でなぜかICOCAに2000円チャージしていたので平和駅へ。15分で川下店を往復し、新千歳空港ゆきの電車に乗りました。

この時間に行ってももう出発する飛行機はない...

そうだ!誰もいないロビーを撮れるチャンス!!

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ビンゴでした。

誰もいない空港を見た僕「誰もいないところをめぐるのもありだなあ」

そこでふと思いついたこと

「植苗行くか」

植苗がどんなところかピンとこない人

こんな駅です

w.atwiki.jp

www.google.com

見ての通り、数軒の民家の他は林です。

そんなところに夜の10時半に行く。

当然、誰もいません。

22時20分、植苗駅に降り立ちました。

当然、自分だけ

無駄に立派なICカードリーダーにタッチし、

駅の外へ

 そういえば、学部1年の時とかこんなとこばっか行ってたなあ

15分後、時間通りに電車がきました。

その1時間後、家の布団に入りました。

特に何もしなかった気がするけど、休日の過ごし方を思い出した気がしました。

 

皆さんは休日の過ごし方、覚えてますか?

明日は日曜日です。

化学科を引退する話 第3話

みなさんこんにちは、乗車率です。

卒業研究が大詰めです。嘘です。時期的には大詰めですが進捗がありません。

とりあえず今は昼休みです。有機系の研究はNMR*1が使えないと何もできません。昼休みにカーボンNMR*2が入ったので13時半まで何もできなくなりました。

ところで、弊研究室はコアタイムだけは9時-21時と長いので、北大理学部化学科では一番ブラックと言われていますが、この記事を読んでから考えが変わりました。

hutabah.hatenablog.jp

なんや、うち拘束が長いだけやんけ

 

まあそんなことはともかく、この生活もあと50日くらいで終わるのだなあと考えると意外と早かったなと思わなくはないです。

そんなわけで化学科を引退する話 第3話です。B3の前半の話をだいたいまとめた感じです。B3より前の話はこちら。

10point5.hatenablog.jp

10point5.hatenablog.jp

 

2018年の4月、学部3年の授業がスタートした時、結局実験からは逃れられないのだなあ(しかも化学実験IVなので実験の終わりからレポート提出まで4日しかない)という思いを抱きつつも、卒業するためには致し方ないと思って実験を続けました。

しかし、2年後期に比べ必修は有機化学IIIの1科目だけだったので、他学部科目選択の自由度は上がった、かに見えました。

しかしここでも化学科のよくわからん制度が牙を向きます。それが2017-2018年度の2年間(?)だけ3年生が適用されていた「4ターム制」でした。つまり、春タームは実験が入っているので午後全滅、あと有機化学IIIがある水曜1限・金曜2限も入れなくなりました。

結果として、他学部履修で入れられたのは1学期を通して開講される景観計画(水曜2限)だけだったのです。しかしこの景観計画がのちに自分を救うことになります。

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当初は化学科選択科目の履修は最低限に止める予定でしたが、火曜・木曜1限の生物化学IIは時間割で入れることができ、内容もそこまで難しくなさそうだったので3回目の授業から出席することができました。担当教官がいた生物有機化学研究室は化学科で一番ゆるい研究室だったことも幸いし、前半評価がEだったものの単位はもらえました。

火曜・木曜2限の量子化学Iも履修することはできたみたいですが、履修計画が固まった時には履修登録が終わっていたのでパスしました。

そうして始まった2018年の前期ですが、しょっぱなから波乱の幕開けとなりました。水曜日にレポート提出なので水曜2限が終わると一度帰宅し、レポートを印刷してから再び登校するということをしていたのですが、最初のレポート提出日である4月18日、レポートを印刷しようとするとインクが切れ印刷できず。仕方がないので実験に遅刻するまいととりあえず学校にいき実験をしました。先生にはレポートの提出場所がわからなかったと伝えるとあした研究室に持ってきてくださいと伝えられて終わりました。「締め切りまでにレポートが提出されなかった場合は提出の意思なしとみなし評価を行いません」と注意に書かれていたのでこれまでかと思いましたが救われました。最初の留年の危機でした。

この頃鉄研もとてもひりついていて、自分の居場所はもうどこにもないのだなと感じるようになりました。つまり、北海道を出るまであと2年耐え続けなければならないと。

さて、化学科では北大祭の中の理学祭で「化学展」ということを行います。そして、高校時代化学部で文化祭での展示経験があった私はあるチームのリーダーをやることになりました。一方で鉄研にも多少は絡むこととなりましたが、当時私は鉄研に口を出す権利はほぼありませんでしたので、情報の提供だけしてポスターデザインなどはkq826fに任せることにしました。

そんな中、名古屋大学環境学研究科の大学院説明会が5月26日に開かれることがわかりました。当時私はまだB3でしたが、先生とつながりを作るため出席することにしました。

5月25日金曜日、すでに実験は終わっていたので、化学展のシフトを調整しつつジェットスターに飛び乗り、私は名古屋へと向かいました。翌日環境学研究科の大学院説明会に参加、そこで空想委員さんと出会いました。一緒に先生のところに話を聞きに行きましたが彼とはそれ以来会っていません。

翌日は海垣さんと高山本線太多線の駅巡りをしました。そして夕方のジェットスターで札幌へ戻りました。

迎えた楡陵祭当日、日高線問題に興味がある人と語り合ったりしましたが*3、大きなトラブルなく終わりました。もっとも、この頃鉄研内部の人間関係は最悪に近い状態でしたが。このあと夏休み後までこの関係は続きます。

楡陵祭終了後、日高本線根室本線の本を充実させるため、私は両線区の駅巡りを始めました。根室本線富良野新得区間が短く駅数も多くなかったため6月中に終わりました。日高本線は2019年6月までかかりましたがなんとか全駅を巡りました。被災箇所の写真などと合わせて以下の本にまとまっています。

booth.pm

一方、夏タームになると実験が消滅し、少しだけ時間割にゆとりができました。そこで、バイトを始めようと考え、結果大学生協で働くことになりました。

夏タームになると時間割も自由になりますが、取りたいと思う他学部科目もなくなった結果このようになりました。ちなみに有機反応化学を落としましたが他は取れました。

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7月上旬、西日本豪雨が発生。遠く北海道で故郷の無残な姿を指をくわえて見ているしかなかった私は、バイトの研修をしながら代行バスの時刻をまとめた時刻表を作ろうと考えました。しかし7/28-30で北東北を放浪するなどした結果、この計画は夏コミ3時間前に頓挫します。

一方で試験期間中にもかかわらず北東パス*4を使って駅巡りをしていたので、道内の訪問駅数だけは増えていきました。

そして夏コミ(C94)が終わり、早大鉄研との合同合宿が終わった次の日、とうとうこんな目標を立ててしまいます。

 

何がアレってこれ大学卒業どころか2019年11月までに両方達成してしまったのがなあ...

 

西日本豪雨の被災箇所や代行バスを取材してたら夏休みは終わりました。そして、2018年9月6日の胆振東部地震の被災箇所取材へと移るのですが、それは次の話で。

さて、肝心の化学科の話は、必修単位を3年前期までに化学実験V・VI以外全てクリアし、選択科目も3年終了時点で22単位必要なところ12単位は確保しました。

しかしここからの道のりが長く険しいものとなっていくのです。

第4話へ、つづく

*1:有機化合物の構造を決定するのに使う機械。化合物に強い磁場をかけると原子の中でそれを打ち消すような磁場が発生するのでそれを測定する。

*2:化合物に微量に含まれる炭素13を使ってNMRの測定をすること。1回の測定に1時間くらいかかる。

*3:日高線問題についてはこちらの本にまとめました。本文参照

*4:北海道&東日本パスの略。1万円強でJR北海道JR東日本および一部三セクの普通列車が乗り放題

なんのためのMaaS?

みなさん、こんばんは

乗車率です。

さて、皆さんは「MaaS」という言葉、ご存知でしょうか。

MaaSとはMobility as a Serviceの略で、2016年にフィンランドで「Whim」という交通系アプリが誕生した時に広まった概念です。

素人の自分が説明するのも何ですが、ざっくり言うと

「移動を行う際、個人のスマホ等で適切な手段とルートを検索し、決済までワンストップで完了する」ことを目指すものです。総務省のHPにもそう書いてあります。

www.soumu.go.jp

そして、MaaSは次のような段階を踏んで実現していくのが望ましいであろうという「レベル」が設定されています。

https://www.mlit.go.jp/pri/kikanshi/pdf/2018/69_1.pdf#search=%27MaaS+レベル%27

このように、MaaSの実現には「統合」が重要であることがわかります。

しかし、詳細は省略しますが日本のMaaSはアプリ開発に偏重しており、乗換案内プラットフォームが分裂していて*1統合というには程遠い状況です。まして決済となるとどこから手をつければいいのかという有様です。これ(一括決済)に関してはWILLERの釧網本線フリーパスを使った感想とかを書こうと思うのですがそれは別記事で

smatra.jp

さて、決済を統合する前に情報を統合することが必要になるのですが、私はこれをアプリを使わずにやろうとしています。なんでアプリ使わないのかと言われれば自分がプログラムを書けないからですが....

 

その考えのもとに生まれたのが「総合時刻表」です。総合時刻表が何なのかは以下の2記事を参照してください。多分後者のしずさつ氏のブログが役に立つと思います。

10point5.hatenablog.jp

blog.goo.ne.jp

 さて、やはりここで問題になるのが「誰が使うんだ?」って話です。その話をする前に総合時刻表の特性について話しておく必要があります。

 時刻表というのは一次元の世界です。列車は線路の上しか走れませんし、線路の引いてあるところは限られるので、時刻表は1本の路線につき1枚で済みます。分岐する路線については〇〇から/〇〇行などと表記すれば別路線も表記できます。

バスについても、道路自体は網の目のように張り巡らされているものの、バスの通る経路は決まっていますから、これも1枚の時刻表で表現できます。

ところがこの二つを合わせてみたらさあ大変、同じようなところを走っているはずなのにバスが途中で回り道してみたり、鉄道のターミナルとバスのターミナルが全然違うところにあったりと、二次元的に広がっているのです。これを1次元の世界に落とし込むことが重要になってきます。私はこれを、「鉄道という1本の線をバスの方に少し捻じ曲げる」という方法によって解決しました。これにより私の総合時刻表では「鉄道駅とバス停両方を含む項」「鉄道駅のみの項」「バス停のみの項」が混在しています。しずさつ氏は鉄道駅に対して複数のバス停を対応させることで解決しています。

さて、ここで「誰のための時刻表か」という話に戻ります。先ほどから述べているように、総合時刻表は駅以外の要素を入れることは非常に困難です。しかし役所も医療機関も観光地も駅の近くにあるとは限りません。この時点で、一般の観光客や地元住民を対象とすることは難しくなります。

 もともと総合時刻表は駅めぐりを効率化するために生まれたので、駅めぐりをするオタクには役に立ちます。しかし、それ以外に使うことはできないでしょうか。

 それを考えているときにこの「MaaS」という概念が降ってきました。この時刻表こそが「情報を統合する」という点でMaaSの第一歩なのではということです。確かにアプリに比べれば使い勝手は悪いかもしれない。しかし、現時刻以外の時刻を出発とするなら、時刻の設定を要するアプリより自分で考えるだけでいい紙の時刻表の方が分があります。また、徒歩のペースも自分で考えられます。

 また、アプリが想定していない徒歩連絡というのもあります。例えば庄原MaaSでは帝釈峡へのアクセスバスが設定されていましたが、シーズンが終わると運行を終了してしまいました。しかしシーズンが終わっても帝釈峡に行く人はいるわけなのですが、そこに行くバスは庄原市中心部ではなく東城から出ている上に、途中高速バスが停車する「帝釈」バスストップは帝釈峡とは全く違うところにあるのです。間違えて降りてしまった人は帝釈バスストップで降りてまず中戸宇バス停に移動して東城地域生活バスの始終線に乗って未渡で降りるということをしなければなりません。まず東城地域生活バスの始終線の存在を認知するということぐらいには役立つのではないかと考えています。

 では、そろそろ「なんのためのMaaS」かという結論をまとめたいと思います。

 個々人にMaaSについて様々目指すところはあると思いますが、私は「オンライン・オフラインにかかわらず出発/到着時刻と出発地/経由地/目的地が決まれば自分に最適なルートを設定でき、それを実行することができる」ことを第一段階とすべきであると考えています。

*1:アプリはどれだけたくさんあってもいいが、プラットフォームが分かれており、それぞれカバーしている範囲にズレがあると情報を一括で検索できないので、プラットフォームは統一されるか、最低限カバー範囲を統一しておくべきである。

化学科を引退する話 第2話

乗車率の自分語りつまらない身の上話、第2話でございます
前回のお話(自分が化学科に進もうとした理由)はこちら(

10point5.hatenablog.jp

)
今回は化学の世界から手を引こうと決めた理由になった期間、すなわち大学2年の話です。
大学2年に上がると、いよいよ専門課程の授業が始まりました。授業の内容は教養課程とそれほど大きく変わるものではありませんでした*1。座学は普通に勉強していれば落ちこぼれることはありませんでしたが、問題は実験でした。2年前期の時間割を示します。ただし青が選択必修、黄色が必修です。

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このように学生実験が週3で入っていました。実験自体は午後3時くらいには終わり、あとは自由時間ではありますが、午後に授業が入っている科目は一切履修できないということになりました。そして私は化学科75人の中でずば抜けて不器用なので、人よりも余計に実験時間がかかっていました。もっとも遅い時で退室時刻18:15という記録が残っています。さらに不器用ゆえ実験に失敗することや実験器具を壊すことも多々ありました。このことから気づけば学科内でのあだ名が「破壊王」になっていました。
そして、実験の単位を取るためには実験に出席し、「レポートを書く」ことが必要になります。レポートを書くこと自体は別に苦ではなく、むしろしっかりしたレポートを書く訓練はここでしかできないと思っていたので、1年生の時のように手書きである必要がない分*2楽だくらいに思っていました。しかし提出物には締め切りというものがつきまといます。のんびりとした人間だった私は締め切りにとてもルーズだったので、締め切り直前になって慌てることが日常茶飯事となりました。しかも、だいたい実験レポートの締め切りが所属していたサークル(北大鉄研)の会誌原稿の締め切りと重なっているので、編集局長権限で適当に締め切りを伸ばせるとはいえなかなか難しい判断になりました。

さて、前期の試験を全て終え、夏コミが過ぎ、夏休みが過ぎ、三江線全駅と広島シティネットワーク全駅を訪問し、北海道全線を踏破して*3北海道に戻ってきて、後期が始まりました。ここで3K*4に君臨する化学科が牙をむきます。

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週22コマという恐ろしい時間割が完成したのです(うち必修21コマ)。しかも化学実験IVというのが曲者で、実験をやった翌週水曜日にはレポート締め切り、さらにそれ以降の提出は基本的に認めないというもので、その上2年と3年にまたがっているので、落としたらいきなり2留の可能性すらあるという恐ろしい科目です。この実験はまず混合列車の入稿に重なったこと、さらに例のごとくレポート締め切りRTAを毎度やっているので化学実験IIIのレポートと重なり、11月末には大変なことになりました。

(11/29 化学実験IV 最初のレポート提出→11/30 化学実験III 最終レポート提出+混合列車入稿(12/1 午前4時頃に遅延))

しかもこの化学実験IV、有機化学をやりたかった自分にとっては何にも面白くなく、ただ通過点だったので、最低限の仕上げでレポートは提出しました。

レポートを書きつつ日高線本(の原型)を書き、なんとか冬コミまでに間に合わせました。その後同窓会に出るため地元に帰り、戻ってきて後期の試験を済ませたあたりで、親が北海道にやってきました。そして、実験がうまくいかないことが多い中で化学の世界から手を引くことを考え始めました。

この時点で、選択肢は二つありました。一つは別の大学に3年から編入学すること、もう一つは北大を卒業し、大学院から別分野を専攻すること。別の大学に3年から編入学する場合、試験はなんと6月にあることが判明。大学受験の時も浪人を回避した理由の一つに「人生の無駄時間を減らしたい」ということがあったように私は浪人・留年を人生の無駄時間と捉えていたので、北大を退学し別大学*5編入することで1年のロスが生じると考えました。結局、私は北大の理学部化学科を卒業し、他専攻の大学院に進むことで進路を変更しようと決めました。2018年の3月のことでした。

さて、進むならどこの院にすべきか、大学院調べが始まりました。そもそも自分のやりたいことはなんだろうと考え、大学鉄研や日高の街を歩くたびに交通とまちづくりは密接に関わっていることに気づいていたので、最初は都市工学(まちづくり)を専攻しようかと考えていました。交通の研究を専門に行っている研究者は、大概道路の研究しかしていないので*6公共交通とまちづくりをテーマに研究している人はほとんどいませんでした。

またどこの大学院に行くかも決まっていませんでした。2年生の夏頃、東大の先生が書いた地方鉄道の維持に関する論文を見てこの研究室に行こうかと考えましたが、その論文を見つけることはできませんでした。当初は学部での受験を諦めた東大の院に行けば何か変わるかもしれないと思いましたが、東大の先生には著名な先生はいませんでした。

ちょうどその頃、各地のバス路線整備に携わる研究者として、名古屋大学の加藤博和先生の名前をよく目にするようになりました。先生の研究内容は自分がやろうとしていることに近く、これだと直感的に気づきました。

そしてもう一つ、名大に進学することを決めた理由が受験科目です。ほとんどの交通工学を扱う大学院は土木系なので、土木の知識が受験に必要になります。しかし大学院入試に必要な土木の知識を化学科の授業を履修しながら独学で身につけるのはほぼ不可能です。しかし名大の環境学研究科なら入試を化学で受けることが可能でした*7。これは完全に入るべき大学院であると確信した私は、来年夏にここを受けようと決めました。2018年4月でした。

*1:教養課程の化学Iは化学科必修の物理化学I、化学IIは理学部選択必修の基礎有機化学や必修の有機化学Iに対応していました

*2:教養課程での必修科目「自然科学実験」のレポートはコピペ防止のため全て手書きで書く必要がある。

*3:ここら辺の趣味の話は長くなるので省略

*4:化学、建築、看護

*5:当時は知り合いの多かった千葉大学を検討していました。

*6:当たり前ですが、その方が研究費を獲得しやすいからです。

*7:現在は環境化学と名前が変わっています。また私の受けた2020年度入試から選択数3問に対し化学の問題が4問→2問と減っているので注意が必要です。

化学科を引退する話 第1話

このブログは、酔っ払った乗車率の提供によりお送りします。
皆さんこんにちは、乗車率です。
今回は、ちょっと重苦しい身の上話です。気楽に読んでいただければと思います。
あと、このブログには珍しく続きものです。多分書き終わるのに3ヶ月ぐらいかかります。
Twitterのbioに書かれた通り、私は現在北海道大学「理学」部「化学」科に所属しています。といっても4年生は卒業研究の期間なので、実質的には大学院0年生みたいなもんです。しかし今年4月からは名古屋大学「環境」学研究科に所属し、交通の研究をする予定です*1
北大の理学部化学科には、対応する大学院として総合化学院という組織があります。内部進学ならば試験を受ければほぼ確実に上がれます。しかしなぜその道を選ばなかったのか、その理由をお話ししたいと思います。
話は私が化学を好きになった(と思った)きっかけ、中学1年生まで遡ります。公立小学校に通っていた私は、周りの勧めに従い、中学受験をして、広島県内で一番頭のいい(とされる)中学校に行きました。そこでは当然のようにカリキュラムの先取りが行われるので、教科書と別に理科や社会の資料集は高校生向けのものが配られました。そこには、小学校どころか中学校でも教えられないだろう知識が山ほど載っていました。中学1年の時には理科は化学と生物、社会は地理と世界史の授業がありましたが、物覚えのあまり良くなかった私は化学の資料集にはまって行きました。
それと同じ年(2010年)、北大の鈴木章名誉教授がクロスカップリング反応の開発によりノーベル賞を受賞しました。私はそれがどんな反応なのか調べるうちに、ある本にたどり着きました。それが『有機化学美術館』(URL)です。この本は私が有機化学について興味をもつきっかけとなりました。この本にはクロスカップリング反応だけでなく様々な炭素-炭素結合形成反応や、タキソール、ビタミンB12など様々な有機化合物を全合成*2したエピソードなどが載っており、自分もこのような化合物を合成したいと考えるようになりました。
中高一貫校だったので高校受験はありませんでしたが、高校生になって文理選択の時、私は有機合成化学者になりたいと思っていたので当然のように理系を選択しました。またこの時すでに志望校は決まっていて、第1志望は東大の理科I類、第二志望は北大の理学部化学科としました。東大を第一志望に選んだ理由は、とりあえず東大を目標にすれば大体の大学には行けるであろうこと、そして入学後に学科を選択できることでした。理系は物理・生物の2科目から選択する必要がありましたが、化学を学ぶ上で物理の知識がどうしても必要になること、北大の理学部化学科には物理が必要となることから物理をとりあえず選択しました。本当は地学がよかったのですが、開講されていない地学を新たに学ぶのは難しいことがわかりました。
そして2016年3月10日、私は東京大学の入学試験に落ちました。英語がスピードに追いつけなかったことが原因とみられますが、とにかくそれは置いといて後期試験を受けてから今後の進路を決めようということになりまして、ここで初めて北海道の地を踏むことになったのです。北大の後期試験は無事合格し、迷った末に、浪人せず北大へ進学することを決めたのです。理由としては、大学というものは実はどこも大差ないこと、そして大学に行ってから様々な挑戦をしてみたかったということが挙げられます。しかし、理学部化学科という枠組みの中で受けたため、将来学ぶことの選択という自由は失われました。これに関しては東大を選ばなかったデメリットの一つと現在では考えています。
さて、北大に入り、とりあえずは1年生として教養課程の授業を受けることとなりました*3。1年生はほぼ高校の続きのような授業内容なので、大して勉強しなくても単位は取れます。特に私は最初から進む学科が決まっていたこともあり、移行点*4を気にする必要がなかったため、最初から生物系科目を取る必要がありませんでした。そのため高校の時に履修していた物理と化学、そして数学だけで進級することができたのです。そして1年生で卒業に必要な46単位を集め、2年生へと進むことになりました。
とりあえず今回はここまで、次回は気が向いたら書くことにします。次回は私が化学の世界から離れることになった理由を書こうと思います。

*1:無事に卒業できれば、の話

*2:安価な市販の化合物から薬などとして有用である複雑な有機化合物を合成すること

*3:当初は仮面浪人も考えたものの、スケジュールをこなすことが難しかったことから北大に卒業まで在籍することとなりました

*4:教養課程における成績によって希望の学科に進めるかどうかが決まる北大独自の制度において、順位づけに用いられる点数。必修・選択必修のGPAとほぼ同じ